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「村人タケダ」と無農薬やさい

「村人タケダ」と呼ばれる友人が近くに居る。いかにも俺は村人だといわんばかりの服装をして、ことさらあちこち泥をつけて、野菜を届けてくれる。彼は三年ほど前に、長年勤めた会社(ロボット部品などをアメリカに輸出している会社)をやめて憧れの「村人」を始めたのです。有機・無農薬野菜を生業とする友人に恵まれたこともあって、今では、東京などの消費者グループに自分の野菜を届けて、はや、生計が立つようになった。初めの頃は、彼の手作り農業にも度が過ぎたところがあって、「耕うん機ぐらい使ったらどうか」などと、横から口を出して面白がった(今は使っている)。

なぜ、無農薬・有機肥料なのか、と彼に問いかければ、農薬の害、エコロジー、人の健康などについて豊富な知識で応えて来る。がどうも、本当の所は疑わしい。もし、彼がそれほど健康を意識してるなら、健康に悪いたばこを吸いながらそんな話をするはずがない。また、本当に農薬の毒性がそれほど心配なのなら、一般市場での「残留農薬」の基準とか監視の仕組みなどの改善運動の方に力を注ぐか、農薬の要らない無菌栽培の技術や、バイオテクノロジーの方に興味が向いても良さそうではないか。また、有機肥料で育った野菜は美味しい、などとも言うが、化学肥料を与えたものも、一般にひときわ見事で、美味しい。これも、とくに有機肥料で育てる理由としては説得力に欠ける。農薬と化学肥料が普及したおかげで、インドなどでは食糧の不作で多くの人が死ぬということが無くなった。食糧の増産という現実的な要求から生まれた農薬と化学肥料は、実際は、地球上のヒトの生存に、今では、無くてはならないものなのに、「村人タケダ」は、本当は、何を言いたいのだろうか。

「遊びをせんとや生まれけん 戯れせんとや生まれけん 云々」という歌が、古い歌集、梁塵秘抄にあるという。子供の様子をうたったものなのに、この歌には妙に哲学の響きがあって、はっとさせられる。もしかして、「村人タケダ」は「仕事をせんとや生まれけん、忍耐せんとや生まれけん」では嫌だとばかりに、会社をやめて百姓を始めただけなのかも知れない。早朝に起きたって、ことさら泥の染み込んだ服装をして畑に通い、今年はナスが全滅だなどという事でさえ楽しそうに話し、町から消費者が手伝いにきたといっては楽しんでいる。その様子は、やはり、深い意味での「遊び」を感じさせられる。

彼は有機・無農薬でなければならないと私は確信するようになった。「キュウリもナスもまっすぐで、同じ形の必要はない、個々いろいろ、自然のままの姿で良い。」と彼はいう。また消費者は「生産者の顔が見えると安心ね」という。これは個が復権していく社会現象に違いないのです。全体が常に優先され、個人が軽視される時代から、隣の国ではペレストロイカが始まった。日本でも、いくら国旗や国家を強制して文部省が頑張っても、個人が大事という時代が必ず来る。曲がっていても、「はね出し野菜」にされない時代が来ると「落ちこぼれ」と呼ばれる子供がいなくなる。

(阿)会報 糸ばたかいぎ 1991年秋号(No.11)掲載