「手作りの国」を感じる旅日本がまだ石器時代だった頃にインドでは既に上下水道を完備した都市国家がありました。この何千年という歴史、異なる民族が多重に重なって、闘い、また共存を見つけ平和に生きる道を探り、人々や動植物の関わりを互いにうまくやって行く方法を積み上げて生きて来た。その分厚い蓄積として「多様性を肯定する文化」が在る。これは私達の国、日本という島国の「みんな一緒」文化とは大いに異なるもので、私達がその環境に一歩足を踏み入れた瞬間に感じるでしょう。何か生存在の根本が違っている様な感じ。それは手作りの暮らしの文化と巨大産業組織のロボット的文化の違いのように私には感じられるのですが、皆さんはどうでしょう?
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群から外れる恐怖
昔、ヒトが、まだ樹上生活をしていた頃に、落下する恐怖が脳に染み込んで、今だに、私達は落ちる夢を見てヒャッとするのだという仮説があります。それと同じように、ヒトは、猿の時代から群れて生きて来たので、親兄弟など自分の群れから外れ、はぐれて置き去りになってしまう恐怖が、私達の脳に記憶されていて、ヒトの行動を深く支配しているという仮説について書きます。
続きを読む 群から外れる恐怖つながっている感じ・・作り物と本物
サッカーの試合が小さな八百屋の店先のテレビに、四五人の通行人を足止めにしていた。私も吸い寄せられるように「日本、勝ってますか?」と、聞きながら加わると、見知らぬ人が、1対0で勝ってるなどと屈託なく応える。この、連帯感は何だ。ふだんはその辺で口をきいた事もない、気にもとめない八百屋に、地域住民?が、横のつながりを感じている。しかし、この感じは、自分の現実の暮らしのつながりではないから、まるで、テレビゲームが終わるように終わると皆消えた。
続きを読む つながっている感じ・・作り物と本物地味だが巨大な潜在需要
この仕事を初めから企てて始めたワケでは無いのですが、社会から要求される「仕事」はちょっと複雑、言葉に言い難く、言葉では仕事にならない。いわば個人の内から出て来る表現を抑えて、ひとを型にはめる、または自分ではまろうとする雰囲気(文化)この近代社会の歪みを、ちょっと変えて、自由になりたがっている。これの現実の力(お客)は母親達です。
続きを読む 地味だが巨大な潜在需要何を伝えたか?・・・
ある日、福祉施設の職員グループがアナンダに講習に見えて、実に真面目に、使命感をもって長時間、黙して紡ぎの練習に励んで行かれたのですが、私たちの胸の中に「とても大事な何かが伝えられなかった」という感じが残ってしまって、深く考えさせられました。彼らは趣味として紡ぎを習いに来たのではなく、仕事として、本人の好みに関わりなく、一日、真剣に取組んでいったのでした。アナンダには普段は紡ぎをしたいという欲望をもったお客さんしか来ないので、紡げるようになると自然に、全身から喜びが、隠そうとしても漏れ出てくるような感じになるのに慣れていたのでした。その日は、紡ぎ方は講習しても肝腎の中身、「しみじみとした」喜びを伝えることは出来ていない。
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