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群から外れる恐怖

昔、ヒトが、まだ樹上生活をしていた頃に、落下する恐怖が脳に染み込んで、今だに、私達は落ちる夢を見てヒャッとするのだという仮説があります。それと同じように、ヒトは、猿の時代から群れて生きて来たので、親兄弟など自分の群れから外れ、はぐれて置き去りになってしまう恐怖が、私達の脳に記憶されていて、ヒトの行動を深く支配しているという仮説について書きます。

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つながっている感じ・・作り物と本物

サッカーの試合が小さな八百屋の店先のテレビに、四五人の通行人を足止めにしていた。私も吸い寄せられるように「日本、勝ってますか?」と、聞きながら加わると、見知らぬ人が、1対0で勝ってるなどと屈託なく応える。この、連帯感は何だ。ふだんはその辺で口をきいた事もない、気にもとめない八百屋に、地域住民?が、横のつながりを感じている。しかし、この感じは、自分の現実の暮らしのつながりではないから、まるで、テレビゲームが終わるように終わると皆消えた。

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地味だが巨大な潜在需要

この仕事を初めから企てて始めたワケでは無いのですが、社会から要求される「仕事」はちょっと複雑、言葉に言い難く、言葉では仕事にならない。いわば個人の内から出て来る表現を抑えて、ひとを型にはめる、または自分ではまろうとする雰囲気(文化)この近代社会の歪みを、ちょっと変えて、自由になりたがっている。これの現実の力(お客)は母親達です。

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何を伝えたか?・・・

ある日、福祉施設の職員グループがアナンダに講習に見えて、実に真面目に、使命感をもって長時間、黙して紡ぎの練習に励んで行かれたのですが、私たちの胸の中に「とても大事な何かが伝えられなかった」という感じが残ってしまって、深く考えさせられました。彼らは趣味として紡ぎを習いに来たのではなく、仕事として、本人の好みに関わりなく、一日、真剣に取組んでいったのでした。アナンダには普段は紡ぎをしたいという欲望をもったお客さんしか来ないので、紡げるようになると自然に、全身から喜びが、隠そうとしても漏れ出てくるような感じになるのに慣れていたのでした。その日は、紡ぎ方は講習しても肝腎の中身、「しみじみとした」喜びを伝えることは出来ていない。

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グローバル化の時代に糸紡ぎ

何でも買える時代に、どうして、私たちは手で糸を紡いで何かを作ろうとするのでしょうか?動物の進化を考えると、私たちが、「群れを作って生きる有利さ」を獲得したのは、猿がヒトに進化するずっと以前からの事です。私たちに限らず、大きな象から小さな蟻に至るまで、多くの動物たちが、群の有利さを知って、群れて生きています。

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