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「光栄です」

もう、随分昔の話。ある日、知人が来て自分の失恋話しを始めた。性格の明るい人だから笑いながら話すに・・、すっと長いあいだ好きだった人がいて、それが遠くの人ではなく、近くに居て、いつも逢える人なのだが、いつまで待っても彼の方から何も言ってくれない。そこで彼女は、ある日、意を決して、「私はあなたのような人と結婚したい」と言った。すると、彼からは予期しなかった言葉、「光栄です」というのが返ってきただけだったのでした・・。「いったい、どういう意味なの、光栄です、って」と、まるで私達にその言葉の真意を問うかのように言って声をたてて笑った。私達も一緒に笑った。が、ふと彼女の顔がゆがんで、大粒の涙がぼろぼろと頬を伝って落ちたので、私達は、はっと、事の重みを悟ったのでした。

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変な子どもと立派な紳士

以前、鎌倉に住んでいた頃、私はもの書きに熱中していて、近所にそのための部屋を借りていた。細い裏通りに面し、通りから板戸を開けると猫のひたい程の庭があって玄関までのわずか二、三歩が、良い陽だまりになっていた。この通りは車が通らないので歩きやすく、朝夕などはけっこう人通りがあった。

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お琴の稽古

子供の頃、姉は、多分嫁入り前だったのだろうか、毎日お琴の練習に励んでいた。それが、いつも、決まったように、おもむろに練習が始まったかと思うとまもなく、上手に弾けない自分自身に苛立って、終に、パチンと駒をなぎ倒すような音を立てて練習を終えたのでした。苦痛なら、お琴などやめれば良いと思うのだが、彼女にはその向こうに目的が有ったので、意地と根性でやり通さねばならなかったのでした。

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「村人タケダ」と無農薬やさい

「村人タケダ」と呼ばれる友人が近くに居る。いかにも俺は村人だといわんばかりの服装をして、ことさらあちこち泥をつけて、野菜を届けてくれる。彼は三年ほど前に、長年勤めた会社(ロボット部品などをアメリカに輸出している会社)をやめて憧れの「村人」を始めたのです。有機・無農薬野菜を生業とする友人に恵まれたこともあって、今では、東京などの消費者グループに自分の野菜を届けて、はや、生計が立つようになった。初めの頃は、彼の手作り農業にも度が過ぎたところがあって、「耕うん機ぐらい使ったらどうか」などと、横から口を出して面白がった(今は使っている)。

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うどんと富国強兵

戦後、まだ食料が不足している時に、私は食事の時になると「また、うどんかあ」といって泣いたそうです。私は覚えてないのですが、母親にはこたえたとみえて、よく思い出ばなしに出てきました。その頃は、運よく、例えば、うどん粉が手に入ってもほかに食べものが手に入らないので、毎日、ある期間、うどんが続くことになったらしいのです。その時に、私の神経は「うどん」を恐れるようになって、ほとんど大人になるまで、細くて長い食べ物は努力なしには口を通りませんでした。

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