宮崎県の延岡市は化学工場があったので、米軍の空爆で全部焼かれた。私の一家は延岡から父の曾祖母の出里、高千穂の近くの村に逃げた。村外れに農家の作業小屋「田小屋」を借りてしばらく住み、その村はずれに竹屋根の家を建てて子供7人の一家9人は住みついた。私の現世の記憶はそこで始まった。幼いその頃の記憶。いつも一緒だった兄と、その日も一緒に、兄の友達に誘われて、なぜかその日は普段あまり遊ばない、小柄な兄妹の家に行った。小さな藁葺きの農家の暗い土間に入ると、奥に明るい所が有って、その兄妹は小さな紙切れに、ごしごし色を塗りながら、明るくはしゃぐ声で、皆で、絵を描こうと言った。そこに有った、汚れたクレヨンの箱と半分ほどにまで短くなったクレヨンを見ると、兄も私も大変に驚き戸惑った。兄は苦しそうに「ああ、ここに有ったあ」とうめく様に言い、私は横で無言。・・・
続きを読む 消えたクレヨンの話し。投稿者: 阿
近代技術の中での「暮らしと紡ぎ車」(2)
近代化と個人性の喪失
近代技術は作業の徹底的な分割で生産効率を上げ、大量生産が始まり世界を大きく変えた。英国で産業革命が起こり、植民地主義が原料産出国を統治し始め、必然的に軍備拡大、造船産業、帝国主義がはびこり、支配国、被支配国の国民差別思想の時代が始まった。支配された国の人々は奴隷的労働を強いられた上に、原料の作物を搾取され、製品を売りつけられて貧困と差別に苦しんだ。植民地主義は世界中を徐々に大きな戦争に巻き込んでいった。日本にも黒い軍艦が開国を迫り、近代化の波が押し寄せて来た。日本政府は欧米に植民統治される危険を排して、その植民統治する側に立つべく西洋人に猿と言われても真似て産業、軍事、教育などの近代化を急いだ。
近代技術の中での「暮らしと紡ぎ車」(1)
技術の近代化がもたらした英国植民地主義に対して、インドのマハトマガンディーは真正面から戦った。その象徴は、紡ぎ車だった。これは誰もが知っている事でしょう。が、まず、紡ぎ車のことは置いといて、技術の「近代化」とは何?なんとなくの理解ではなく、はっきり理解して、今の日本の身近な暮らしの視点から見てもらいたい。
近代化の典型的な話し。生物学の発展に大きく貢献した、ドイツの小さな顕微鏡工場ツァイスが近代化で世界のツァイスになった話し。
続きを読む 近代技術の中での「暮らしと紡ぎ車」(1)「後で気が付くネション・・!」就活中の君へ
子供の頃から何かにつけ「ああ、そうだったのかあ!」と物事に後で気が付くと、兄たちは「あとで気が付くねしょんべん・・・」と言って笑った。 私は今も変わらず、自分で始めた事でさえ、後でその事が別の角度で見えて来たりして「ああ、そうだったのかあ!」と気付くことがよくある。ネションベンなどと不都合な事でなく好都合の方が多いように思う。例えば「後で気が付く運の良さ」とか「後で気が付く周囲の助け」または「後で気が付く女房の力」「後で気が付く褒めの魂胆」等々。
すべての事は目の前の現実にそれを見て感じない限り何も気が付くはずは無い。なぜなら、頭の中で考えた事は、まだ脳の中の虚像で、自分の目の前の現実に一体どれほど反映されるものか。自分は一体何をやりたいのか。やろうとしているのか、考えて居てもダメで、本当は全てやって見て真実は「後で気が付く」しか無いのだと思う。
続きを読む 「後で気が付くネション・・!」就活中の君へ子供達に価値観の多様性を、一度は、日本から連れ出して体験させよう。
先日の地方出張講習会での事。昼休みに外のテラスに買い物客、運転で付き添って来た旦那さんたちや近所の人たちで混雑していた。私の近くで、真面目そうな男の二人がこんな話しを普通に淡々としているのが聞こえて来た。
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