
秋になって急に寒くなってきたので、朝の出がけに今日はセーターを着て行こうか行くまいかというと、そんな事は自分で判断してちょうだいと言われた。 日常の大抵の事は判断と言ってもこの程度のことで何となくやっていけている。キウリを食べても、キウリがどんな形で切り口が三角なのか四角なのかもろくに見ていない。単にキウリという記号を食べているような気もする。
冷蔵庫の食品には賞味期限が書いてあるから新鮮度を自分の鼻で判断する必要はない。天気予報が「雨具は折りたたみ傘くらい持って・・・」とか、洗濯情報で「今日は厚手の物もよく乾くでしょう」などと、そこまで言ってくれるので、空の雲を見て判断することもなく情報に頼っていれば楽に暮らして行ける・・・。
ミミズのさえずり?
名曲を解説するラジオが、モーツアルトの何楽章の導入部は「川のせせらぎのような」「鳥のさえずりのような」などと、なんとなく聴いていれば、音楽の領域までもが自分で感じるのでなくラジオに頼りそうになる。確かにラジオは「こう感じるのが、正しい」と言っている。私はふと、まるで犯罪現場にでも居るようなやりきれない気持ちになった。もし子供が聴いていたら・・・、音楽なのだから、その音から個人がどう感じるかは、全く自由でなければならないのに、ラジオは平気で個人の感性にまで立ち入って来る。子供が聴いて、それが川のせせらぎではなく、たとえば水洗便所の水音とか鳥のさえずりではなくミミズの動く音をイメージしたりしたら自分が誤った感じ方をして恥ずかしい。こうして子供は自分の内からのものになんとなく黙して自信を失い、周りからの情報に自己を預けるように育っとしたらひどく悲しい。 自己の本音が響きあうのが音楽なのに・・・
個人の感性の領域に
この音楽番組の例などはとても優しい部類で、大戦時には、植民地支配していた朝鮮や台湾の学校で日本人教師が生徒に母国語を禁止し日本語以外の言葉を話した者には罰を与えた。沖縄では方言をうっかり話した生徒に首から懲罰の札を下げ、罰金制を作って子供達を「正しい」言葉に「指導」したのだそうです。この恐ろしい行為を普通の善良な先生方が行った、その普通さが恐ろしい。最近、教育基本法に愛国心をとか、コラム国旗、国歌を学校で云々と、個人の感性の領域に強制力が入り、それが普通になり始めていますが、普通の善良な先生達が当然の「正しさ」で子供達の感性に疑問無く立ち入りはじめる。実はこれが恐ろしい。耳を疑うような恐ろしい事を普通の善良な人がする現象は、アウシュヴィッツの真面目な職員の話しに限らず歴史上いくらでもあります。
生存に係る仕事の効率
自分で感じ取り自分で判断するのは、とても時間のかかる大仕事なので、ヒトは自己の判断を互いに「委託」して、つまり群れて仕事の効率を上げて生存して来た。「群れる」とは規模の大小にかかわらずこれを意味し、これ以外の何も意味していません。自己を他に「委託」できるのは優れた能力で家族をはじめ主従関係とか上下関係、組織とか社会とかその能力で生まれた。それがヒトが猿人だった以前から続いて近代化の歴史を通って私たちの産業社会が実現した。この量産社会の特徴は技術の分割と分担。そこは人間味より委託に係る「規格基準」「正しさ」が支配し尊敬される世界です。
システムのリセット現象(戦争)
こうして生存のために自己を「委託」する事で、仕事の効率がきわめて高い社会が到来する。それが完成に近づくと、その社会の人々は自分で直接に現実から感じ取って判断する機会がほとんど無くなり、先生やお手本、世間の「正しい」情報にのみ従って生きいる事になる。するとヒト個体の感性の劣化とシステムの固定化が始まり、生存に不都合が生じて来る。今がそうなのか政府や企業が若者に不安を感じて「総合的教育」を学校で初めたが、根は深いから効果がすぐに見えるはずもない。それに自己委託の仕組みが果たして自己を委託しない個の主体性を育てられるのだろうか? 固定化がある一線を越えると群れのシステムのリセット現象(戦争)が起こる(仮説)。それは出来上がったシステムの崩壊(敗戦)を期待しての事のように見える。全てが崩れ去ると自分で感じ取って自分で判断しなければならない新しい現実が目の前にぱっと広がって・・・。
ヒトの本能はもっと用心深い
システムのリセットがおこるずっと前にヒトの本能はもっと用心深く、実際は不安を感じ取って無意識に象徴的に動きが現れる。自給自足に憧れたり、無農薬農業に進んだり、森林とか地球環境を論じたり、手作りの人々が増えてホームセンターが繁盛する。その流れの一つに紡ぎ車が有って、手で糸を紡ぐことに親しさと快感を感じる感性の流れが人々に生じる。その生産効率の外に存る、譲れない「個の感性の領域」を守ろうとする人口は着実に増えています。そうです、アナンダもちゃんと流れに乗って繁盛しなきゃ!・・・
(阿)会報 糸ばたかいぎ 2005年秋号掲載