
不登校、引きこもりなどの子供達を助けている知人から、ある日、私にメールがきて、「子供が自分で稼げるような仕事を考えてくれませんか。インドでなら何か可能ではないですか」と問われた。これにはもうずいぶん長い間、返事が出せていない。なぜならそれは単純ではなく本人の心次第なのだ。私も不登校、引きこもりなどの子供達をアナンダの作業員として何人も雇ったことがあった。が、しかし、事はそう単純ではない。
一人は手もよく動き、織り木枠などの釘打ちも上手くできた、がしかし、その仕事をしながら自分が他人から見られているという意識があって、いく日経っても、それが消えない。自分は、とても努力してくぎ打ちを続けているのだ。そう外から見える、それを見るのが辛い。何人かに色々な仕事を頼んだが、全員似ていて共感するものが、出てこなかった。当人達は辛いに決まっている、見るのも辛く、みんなの雰囲気で一人去り、二人去りして居なくなった。何が違っているのだろう、それは共有が無い、自己を表現しない、表してはいけないものと思っている、何だ、これは。インドでは子供が言う言葉で、「生きる」とは「欲する」こと、「欲する」のは「我」という。「我」が無くては「欲する」は生じない。
日本の子供達のことを考えると、多分育つ環境で、親など周囲が世話を焼きすぎているのではないかと思った。色々環境は違うだろうが、その子供達が欲したこと、したいことを「そんなことしたら笑われる」とか「みんなと違う、変だ」と評したのでないか?
「我」が何かを欲し「我」が為す、その結果が我を成長させる。
さて、ヒト(人)は一体何を欲しているのだろう。学生時代のこと、同級生で戦争中のことを真面目に「戦争中は良かったよなあ」と言ったのを覚えている。その理由は戦争というものが物事の価値を明らかにしてくれていた、というのだ。私は驚いて「え〜、本当にそう思うのか?」と大声で問うた。彼は真面目にそう思うと応じた。彼は卒業後自殺している。さらにもう一人、人柄がよく尊敬する人が、戦時中の学校は素晴らしかったと言い、自分は朝礼で号令を発する委員だったのだそうだ。「東向け、東」「天皇陛下バンザーイ」というと生徒全員がビシッと乱れなく動いて見事だったよ。と話していた。
ヒト(人)は一体何を欲するものなのだろう。(阿)
糸ばたかいぎ2024年号掲載