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原点「みんなのアトリエ」山梨で始めます。

家の押入れに、とても良い毛が眠って居る。全部紡ぎたい。自分の服を植物でしっかり染めたい。家の玄関に巨大フェルトマットを作って 敷きたい・・・。誰にも邪魔されない自分の時間と場所が確保できます。昼間だけでも、泊まりがけでもここに来て完成させよう。「みんなのアトリエ」で作ったら、家に持ち帰って実用に使えて初めて完成。何でもそうだけど、完成させて意味が生まれるのだから、 学校や仕事をサボってでも、完成させよう。

全くの初心者、子供から年寄りまで、テキスタイル系の学生達など、誰でも作りたい欲(これが本物を作る原点)さえ有ればOK。アトリエ予 約時に何を作りたいか言って下さい。必要な材料、道具など用意できます。多少の木工も可。

1階に二人部屋が7部屋。2階はアトリエ。テラスから見える山の風景は、正面に地蔵岳、右に甲斐駒ケ岳、左に富士山、すぐ前に水田と森。この環境で散歩も楽しめるが、何も作らずに散歩、休暇気分の人は、ダメです。作る人の邪魔になるから・・・。

この「アナンダのアトリエは何をする所か」と言うと、「暮らしで使う物」を作るところ。古代から人は「日々の暮らし」に必要なもの(本物)を作って来た。アナンダのアトリエはこの、価値の「原点」である「暮らし」に立ち帰って物を作るところ。日常に「使うもの」を作るアトリエとしよう。

作った物を使わずにいる間は、その物の出来不出来、上手い下手、優劣などの他人の評価の目が気になったりする。が、使えばそれは消える。また「理想的な糸の紡ぎ方」とか「正しい布の織り方」などという縛りも、暮らしに使えば消える。それは産業界が内職の人のために作った技術 指標だったと解る。自分が使うものを他人の評価の目で見る理由などはあり得ない。

地球上に存在を始めた生命が「価値」有るものと感じるその原点は「暮らし」。生き物の価値判断の全ては、実際、周りを見ても、そのためのものに見えて来る。人の社会、政府も国も、天皇も、神様でさえも「人々の暮らし」を守るために良いものとして生まれたものだ。つまり、それ らを生み出した価値の原点は「人の暮らし」。個人の日々の暮らしが社 会の仕事や国家の犠牲になって良い訳がない。本末転倒はいけない。この宇宙に存在する全ての生命が感じる「価値」は地面を這う虫たちから人に至る全てが同じ「生きる」なのだ。その個体が日々生き続けることを「暮らし」と言うのだ。・・・仏陀は人々の暮らしに「平安」をもたらす真理を求めた。イスラム教徒の挨拶「アッサラーム アライクン」も、「あなたの暮らしに平和を」と言う意味。キリスト教の天国のイメー ジも「永遠の平和な暮らし」。天理教の親様は「お前たちに陽気暮らし を与えよう」と言ったそうだ。価値の原点は「暮らし」。これは生命の 始まりから、スマホの時代の今も変わらない。原点を守ろう。アナンダの楽しい紡ぎ車が世間に広まれば戦争の時代は来ない。つまり糸を紡いで家族の服を作る「暮らしが大事」の思想が広まると、権力者とはいえ人々が平和に暮らす街の上から絨毯爆撃など出来なくなる。まして原爆など紡ぎ車の上に落とせる訳がない。