に投稿

うどんと富国強兵

戦後、まだ食料が不足している時に、私は食事の時になると「また、うどんかあ」といって泣いたそうです。私は覚えてないのですが、母親にはこたえたとみえて、よく思い出ばなしに出てきました。その頃は、運よく、例えば、うどん粉が手に入ってもほかに食べものが手に入らないので、毎日、ある期間、うどんが続くことになったらしいのです。その時に、私の神経は「うどん」を恐れるようになって、ほとんど大人になるまで、細くて長い食べ物は努力なしには口を通りませんでした。

続きを読む うどんと富国強兵
に投稿

或イタリア人と日本の文化

学生の頃、イタリア人の友人が居て、彼の世話で、一年ほどフィレンツェに住んだことがある。古いアパートにはエレベーターなど、勿論、無くて、しかも各階の天井が高いので、三階の私の部屋までの階段は広く長く、何があっても急ぐ気にならない代物だった。ゆっくり上り下りしているうちに、各階の住人と挨拶を交わすようになった。

続きを読む 或イタリア人と日本の文化
に投稿

素人(アマ)と玄人(プロ)

幼い頃のこと、夜明けにはまだ暗すぎる街を、納豆売りの声が滑るような速さで、遠くから近づいて、家の前を通り、去って行くのを寝床の中で聞いていました。その声は長年のうちに磨耗でもしたかのように、「とーとー」「とーとー」と聞こえて、寒い冬の朝など、気味悪くて、いろいろ想像したものでした。声の速さからいって恐ろしく背が高く、顔の長い無表情な恐い人に違いないと思っていました。決して休まないこの納豆売りが、私の玄人(プロ)という言葉の幼いイメージでした。

続きを読む 素人(アマ)と玄人(プロ)
に投稿

手芸と手作り・・・・似て非なるもの

手芸と言うと、材料や作り方がセットされていて、お手本がある。完成した姿が、きちっと決まっているから、そこには自分を表現する楽しさは少ない代りに、自分が表現されてしまうという不安も少ない。到達点が決まっている安心の中で、決められた手順どおり、きちっと作業する楽しみを積み上げていくように出来ている。個人の心の表現は無いから、完成すると、これも安心の一つなのだが、商店に陳列されて売られている商品のようなものになる。木目込み人形や造花、刺繍など、その配色の美しさ、作り方、材料選びとセットの価格に至るまで感心させられるものが少なくない。余程の才能、しかも商才にたけた人が創作し仕組むのに違いない。

続きを読む 手芸と手作り・・・・似て非なるもの
に投稿

フランツ・チゼックという人

とても気になる人です。100年以上も前にウイーンで活躍した人ですが、彼は子供に絵を教えながら大変なことに気が付いたのです。子供は自然に、教えられずに、美的感覚が具わっていて、ひとりひとり、みんなちがったものを持っている。そして、それぞれは違ったやりかたで表現する自由を持つべきもので、決して大人の考えや、方法を押し付けてはならない。子供の発達を大人が外部から人工的に早めたり、大人の考えを満足させるために手を加えてはならない。と言うことでした。彼のこの事は、絵の指導方法などというレベルの話ではなく、実はもっと大変な、まるで天動説の時代に地動説をとなえたような、今だに世界に影響し続けているほどの事だったのです。

続きを読む フランツ・チゼックという人